古甲州道・古富士道 Facebookでシェアする
「古甲州道」の起源は、(道としての起こりは「けもの道」であろうが)大化の改新にて「国府」が置かれたころである。
国府がある政治の中心を「府中」といった。すなわち「武蔵府中」と「甲斐府中」を結ぶ道が「古甲州道」であった。
戦国の世においては、武田氏と後北条氏の戦いの戦略の道として重視されていた。
武蔵と甲斐の物資の交流にて、この古甲州道があまり利用されなくなったのは、青梅街道が開設され、その後元禄年間に
街道の最大の難所であった多摩川沿いの数馬の岸壁が掘削され切通が完成してからであると言われている。
一方、「甲州街道」はt徳川江戸幕府が「五街道」のひとつとして整備した街道であり、「古甲州道」は「東京都府中市」
から山梨市甲府市酒折」までなのに対し、「甲州街道」は「日本橋」から「長野県諏訪市」までである。
ルートとしては、「古甲州道」が秋山川沿いを、檜原村、小菅村、大菩薩峠越えにて山梨県へと入るのに対し「甲州街道」
は 八王子、大垂水峠、小仏峠、笹子峠越えから入った。
本書では「古甲州道」を「武蔵府中」と「甲斐府中」を結んだ古道として定義し、その起点は大國魂神社とした。 終点は
甲斐の国「国中」から国外へと通ずる道が九筋あり、その起点とされる「酒折」(現:国道411号 甲府市酒折山崎三叉路)
とすべきであるが、一般には、「甲斐府中」は現在の「甲府」と解釈されていることから、甲府市の武田神社までとした。
ちなみに甲府は国府所在地ではなく、守護大名(武田氏)の館が置かれた事に由来して名づけられた地名である。
正式な甲斐国府の所在地には諸説があり、「 笛吹市春日居国府」「笛吹市御坂町国衙」「笛吹市一宮町国分・東原付近」
が推定されている。
古富士道は 古甲州道と小菅村白沢にて分岐し、富士吉田口へと向かう古道である。江戸時代より前は 武蔵の富士
信仰の道として、江戸時代以降も 秩父方面からの富士講の道として利用された。
おことわり : 当ホームページの内容については、ほとんどの記載・掲載事項が推測の域を越えては
おりません。したがいまして 文書におきましては文尾に「思われる」「推定される」
「想像できる」「考える」等の不確定言語をつけてお読みください。
ルートについても、推測の域を越えません。この点を留意の上ご利用ください。 |
多摩川に昇る朝日(多摩川万願寺の渡しにて)
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